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江戸箒、白木屋傳兵衛を訪ねて

日本文化・季節の行事

 掃除機をかける、その前に

私は、掃除機の便利さを手放すことはできません。ボタンひとつで部屋中のゴミを吸い取ってくれる、現代の暮らしに不可欠なパートナーです。けれど、その電源を入れる前のほんのひとときに、部屋とともに心を静めてくれる習慣ができました。

掃除機が苦手とする、部屋の隅や畳の合わせ目。家具と壁のわずかな隙間。その場所に、一本の箒で掃く時間。「完璧な掃除」のためだけではなく、自分自身の心を掃き清めるための、ささやかだけど大切な習慣になりました。

これは、東京・京橋の片隅で出会った「江戸箒」と、その作り手である老舗「白木屋伝兵衛」の物語。そして、便利な暮らしの中に、手仕事の道具がそっともたらしてくれる、小さな喜びについての話です。

なぜ、ひと手間をかけるのか

家族がまだ寝ている週末の静かな朝、掃除機のスイッチを入れる前に、私は箒を手に取ります。

階段の隅、なかなかホコリが取れない窓のサッシ、そして静電気を帯びやすいテレビの裏側。フローリングの板と板の間の、ごくわずかな溝。掃除機では吸い残してしまいがちな場所に、そっと箒の穂先を沿わせるのです。

江戸箒の穂先はほどよく柔らかく、しなやかです。しなやかさと手ごたえが腕に伝わり、掃除した場所から小さなゴミやほこりが出てきます。化学繊維のブラシと違い、静電気を起こすことなく、むしろ静電気で集まってしまったホコリを優しく剥がしてくれます。それは「効率」という言葉だけでは測れない、素材の力を借りた理にかなった動きです。

そして、耳に届く「ザッザッ」という音。

慌ただしい日常の中で、この音を聞いていると、空間が清められていくのと同時に、自分の心の中にある雑音も静まっていくのを感じます。掃除機をかける前のこのひと手間は、単なる準備ではありません。朝の静けさを味わいながら空間を清らかにしていく、穏やかな時間そのものなのです。

時が重ねられた場所へ:東京・京橋「白木屋伝兵衛」にて

私が愛用している箒と出会ったのは、東京・京橋にある「白木屋伝兵衛」。今回は2回目の訪問です。お洒落で賑やかな銀座一丁目に近いながらも、落ち着いた場所に店舗はあります。

店内に一歩足を踏み入れると、そこはまるで小さな博物館のようです。壁一面に、大きさも形も様々な箒が、その出番を待つように美しく掛けられています。それは単なる商品の陳列ではなく、職人の手から生まれ、大切に受け継がれてきた手仕事の連なりそのものです。
店内壁面に箒の縮尺見本を保存した展示ディスプレイがあります。箒は消耗品で使用後廃棄されてしまいます。箒の形や編み方を後世に伝えるため、縮尺見本を保存しているのです。

一本一本に目をやると、編み糸の色の違いや、竹の柄の自然な風合いが目に留まります。ただ「掃く」という機能のためだけでなく、使う人の日々の暮らしに寄り添うための、ささやかな彩り。私はここで、単なる道具ではなく、長い年月をかけて人々の暮らしと共にあった、温かい存在としての箒に出会ったのです。掃除道具としての箒だけでなく、壁にかけておいても様になるところなど、職人さんの技術力だけでなく、使い手の生活への想像力と愛情を感じさせます。

一本の箒に込められた、見えない物語

店内で様々な箒を眺めていると、それぞれの形や素材が、 意味や目的を持っていることに気づかされます。

洋服払い用の手帚、食卓のパンくず・机の消しゴム払いの小箒、サッシの溝そうじ用のかため小箒、シュロの足袋洗いなど。壁にかかっている柄つきの箒は、使う人の身長にあわせて長さも選べるようになっています。掃除する広さによって穂先の幅も違うのでしょうか、かなりおおぶりの箒もあります。
今回私は玄関の三和土を掃除するためのコシが強く密な穂先の手箒を買いました。

友人へのプレゼントに、穂先が斜めになった手帚と小さなはりみのちりとりも買いました。はりみは、和紙製のちりとりで柿渋を重ね塗りしたものです。柿渋は防水性と耐久性を高めます。はりみを床や机などに押し付けると、形が平行になって密着し、ゴミをうけとりやすくなっています。

これらの箒の主な材料となるのは、「ホウキモロコシ」という植物です。かつては江戸に近い茨城や栃木で栽培されていましたが、生活様式の変化とともに国内の生産農家は激減しました。しかし、白木屋伝兵衛は、その伝統を守るために、タイ、そして現在はインドネシアの農家と協力しながら、ホウキモロコシの栽培を続けています。さらに近年では、山形県東根市との連携により、国内での栽培も少しずつ復活の兆しを見せていると聞きました。

一本の箒の背景には、素材を育てる人、それを丁寧に編み上げる職人、そして道具を大切に使い続ける人々の、それぞれの想いが込められています。店頭に並ぶ美しい箒たちは、単なる商品としてではなく、そうした見えない物語を静かに語りかけているように感じるのです。

暮らしに加わる、5つのささやかな喜び

白木屋伝兵衛の箒が私の暮らしにもたらしてくれた喜びは、一つではありません。

まず、すみずみまで、届く喜び。週末家族がまだ眠る静かな時間。掃除機を使うにはまだ早い朝、掃除機のヘッドがはいりにくい狭い場所や、ふすまのふちなど傷つけたくない場所にも、この箒はそっと入り込み、溜まったホコリを掻き出してくれます。掃除が終わった後の、清々しい空間は、何にも代えがたいものです。

次に、静かな時間を持つ喜び。掃除機のような大きな音を立てることなく、箒は「ザッザッ」という 最小限の音だけを立てます。静けさの中で箒を動かす時間は、忙しい日々の中でふと訪れる、穏やかな瞑想のようです。

そして、暮らしの道具を、選ぶ喜び。店に並ぶ様々な箒の中から、自分の生活空間や用途にぴったりの一本を選ぶ時間は、ささやかながらも豊かな時間です。編み糸の色や、持ち手の竹の質感。手作りのためひとつひとつ微妙な違いがあり、自分の手になじむひとつをお店で選ぶ楽しさもあります。それぞれの箒が持つ個性を見ていると、愛着が湧いてきます。使わない時も、その佇まいは部屋の装飾的な要素もかねそなえ、ふと目にしたときにも楽しませてくれます。

また、自然の恵みを、使い切る喜びも感じています。ホウキモロコシという天然素材から作られた箒は、使っていくうちに穂先が傷んできても、室内使用で使い古せば、玄関や庭の落ち葉掃きなどに再利用できます。そして、いつかその役目を終えたとしても、土に還る素材であるという安心感があります。

最後に、心を込めて、贈る喜び。先日、友人へのささやかな贈り物として選んだ、穂先が斜めになった可愛らしい手箒と、小さなはりみ。実用的ながらも美しい手仕事の品は、きっと喜んでくれるだろう。そんな想像をする時間は、私にとってささやかな喜びです。

新しい便利さと、古くからの健やかさ

今はあまり耳にしなくなった「民藝」という言葉。それは、特別な芸術品ではなく、日々の暮らしに寄り添い、私たちの生活を健やかにしてくれる道具の中に宿る美しさだと、私は感じています。

白木屋伝兵衛の江戸箒は、掃除機の代わりになるものではありません。だけれども現代の便利な暮らしの中で、手仕事の温かさと、物事を丁寧に行う心のゆとりをそっと取り戻してくれる、愛おしい存在です。

掃除機が効率よく家全体をきれいにしてくれるパートナーなら、箒は、掃除という行為を通して、自分自身の心と向き合わせてくれる、静かな友人のような存在なのかもしれません。

もしあなたが東京を訪れる機会があれば、ぜひ京橋のお店を訪れてみてください。あなたの暮らしに寄り添う一本が、静かにあなたを待っているかもしれません。


【店舗情報】

  • 店名: 白木屋伝兵衛 (Shirakiya Denbei)
  • 住所: 東京都中央区京橋3丁目9−8 白伝ビル1F
  • ウェブサイト: http://www.edohouki.com

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